2016-09-23

goodbye summer

本当に久しぶりにブログを書いています。私は、日記や付箋や間違えたコピーの裏紙やiPhoneのメモに、毎日毎日溢れるほどの言葉を自分だけに向けて綴るのだけど、それを時にはちゃんと外に出そうとふと思いました。外に出すというのは、ある種証明みたいなものでしょう?私はこの時こんな事を考えていたの、という証明。昔の言葉を読むとドキンとする事もあるけどそれでもいいの。22歳の秋をいつでも側に感じられるように。

わたし毎日をヒリヒリする程がむしゃらに真剣に生きなきゃいけない。いま特にそうなの、なんとなく過ごしちゃだめだぁ。
わたしすんごいあまのじゃくだし不器用だし意地っ張りだけど、もっとぎゃーぎゃー笑ってわんわん泣いて、ほんとあいつバカみたいって思われても誰もそれを笑う事が出来ないくらいに真剣に生きなきゃいけない。

先週3年ぶりにイギリスへ行ったの。
日本に帰ってきてスケジュール帳を開いたとき、ずっと楽しみにしてた予定が終わった事実と真っ白のこれからを見て、あぁ、寂しい、終わってしまったんだなぁ・・ってがっかりしてる自分に愕然としたの 何を言ってるのかと思って!
自分が自分の物語を作る そんな事とうの昔から分かってる なのにがっかりしていた自分に愕然としたの ほっぺ思いきり叩いて、毎日がむしゃらに生きないとと改めて感じた 自分で未来を描かなくちゃ何も始まらないんだから

もうすぐ10月を迎える 2016年も終わりが近づく 仕事では2017〜2018年の秋冬物を企画している 時の早さに驚いている

ボルドー ネイビー キャメル カーキ ブラウン
秋冬に向けて私の提案する柄はどれもこっくりとした色に染まって誰かの特別な日を彩れる日を待っているの それは私の手で描いた柄がある人に紡がれた糸である人に織られてある人に染められてある人に縫われてある人に売られてあなたが手にとってくれる、1年越しの長い物語なの
この大きな輪の中にいる事がものすごくものすごく怖かったけど 夏を迎えた頃にこの責任も受け入れられた 本当に良いものはどんな責任だってへいちゃらで、任せなさいと言えるはずだから

ものづくりをして生きるというのは難しいことだ デザイナーとは創造的なようで現実的な仕事だ 夏までの私は相当苦しかった でもその苦しみを抜けたからってちょっと気持ちがフワッとしてしまってたみたい

7月に展示をしたとき、生まれて初めて自分の絵だけに囲まれた空間を創れた
窓から私の絵を見て立ち止まって、私が描いたと知るやいなや「松本かつぢさんってご存知?」と言う人がいた。私の絵を見て彼の絵を想ったらしい。田村セツコ先生にお伝えして(セツコ先生はかつぢ先生のお弟子さん)、不思議ねぇと2人で喜んだ。
私の描いた絵と書いた文を読んでわんわん泣いてくれた子がいた。あぁ私はもうこれだけで全ての意味があったと思ってしまった。
たったひとりでいいから、あなたの心を少しでも明るくしたい。辛く寂しいときがあっても、ちょっと気持ちが軽くふっと微笑みが浮かぶようなものづくりをしたい。大学四年かけて出した答えを目の当たりにして、私は自分はこのために生きるんだなんて確信してしまった。

先週訪れたプルミエールビジョンで、ロンドンのスタジオから少しプリントデザインをしないか?というお誘いをいただいて、本当に飛び上がるくらいビックリしてその時はあまりの嬉しさにクラクラしたの。でも私が本当にしたい事は何か?がむしゃらに追い求めるべき道は何なのか?日本に帰って数日考えてたの。この5ヶ月間のデザイナー職で学んだ世界と、十代の頃からアーティストの皆様から学んだ世界と、似てるようで似てない2つの世界の間で、私は少しずつ答えを見つけられてるみたい。
暑いヨーロッパから戻ったら日本は秋になっていて、急に夏を奪われたような気になってしまった。毎日毎日を、大切にするわ。