2015-06-26

ヒロインになった日



ファンタジーの世界へ

 私にとって、日本の外の世界はファンタジーでした。不思議の国のアリス、長くつ下のピッピ、アルプスの少女ハイジ、赤毛のアン……数えきれないほどの物語を読んで育った私は、いつも海外での生活に想いを馳せ、いつか日本を出るその時をずっと夢見ていました。憧れの世界へ行ったなら、私も物語のヒロインのようになれるかもしれない。ううん、きっとそうなれる!

例えば『大きな森の小さな家』の、ローラのような私。朝、ツリーハウスに届くお日さまの光で目を覚まして、小川でそっと顔を洗って、小鳥たちに挨拶。野イチゴを摘んで、裸足でダンスを踊って、星を数えながら眠るの……。でも、『あしながおじさん』のジュディのような私もいいなぁ。全寮制の大学に入って、毎日たくさん勉強するの。お休みの日は仲間たちと街へアイスクリームを食べに行ったり、クリスマスにはパーティに誘ってもらったり……。
どれもこれも、別に日本にいたってできることじゃないか!と思われる方も多いと思いますが、私にとってはまるっきり違う、夢の世界の話でした。そんな私が英語を学ぶことに喜びを感じ、早く日本を出たい、世界を見たいと願ったのは、ごく自然な流れだったのです。


英語に特化した高校を卒業した私は、大学二年生になったら必ず留学しようと決めていました。しかし夢見がちな性格にも関わらず、「初めての海外で留学」は、現実的に考えてどうなのだろうか?と思い、留学前の大学一年生の夏休みに英語圏へ旅に出ることを決意したのです。十八歳、生まれて初めて、憧れの海外へ。しかもその目的は「今の自分の英語力がどの程度なのか知りたい」というなかなかシビアなものだったので、もちろん一人旅でした。両親を説得し、アルバイトで貯めたお金で航空券を買い、ホテルを予約し、VISAを取り、……今思い返すと、その時の自分のアグレッシブさには驚かされます。「いよいよ、海外へ行くのだ」という喜びや、「十八歳にもなったのに一度も日本から出たことがない」という焦り、そして「今まで学んだ英語でどの程度生活できるのだろう」という挑戦的な思いなどが、私の心をモヤモヤと取り巻いていました。しかし不安は全くなく、近づいてくるその出発の日を思って武者震いするような心構えでした。行先はアメリカ、ボストンです。


英語圏ならば国や場所はどこでも構わないと思っていた私に、父の友人がボストンを勧めてくれました。彼女は大学留学の四年間をその地で過ごしたのです。観光スポットとして有名な所も多く、それでいて治安も良い……学生の街、ボストン。私は彼女の思い出話を聞くうちにすっかりその地に夢中になり、『地球の歩き方』が読みすぎてボロボロになるほど、大はしゃぎで予定を立てました。たった六泊七日の短い旅。お金も時間もあまりないけれど、いよいよ私の物語が始まるのだという高揚感は、何にも勝るものでした。


ついにやってきた2012年9月4日、私は一人意気揚々と父のおじさんくさいスーツケースを抱えて、生まれて初めて成田空港へ向かいました。祖父母の家が離れていたため飛行機に慣れてはいたものの、フライト中は興奮状態で全く眠れません。機内食もお菓子もモリモリ食べて、映画も四本も観て、あっという間にボストンに着いたのでした。



初めてのひとりぽっち

ずっとずっと憧れて、夢に見ていた海外の世界。ついにその地へ降り立ったのに不思議と気持ちは落ち着いていて、そのままホテルへ向かいました。ガイドブックで何度も予習していたためか、初めてとは思えないほどスムーズに空港からバス、そして地下鉄と乗り換え、Copley駅へ到着。しかしそこからが長かったのです。ひとりぽっちで重いスーツケースを引きずり、雨で地図はクシャクシャ、もう自分がどこにいるのかもサッパリわかりません。タクシーが前を通るたびに、「乗っていきなよ嬢ちゃん!」と言わんばかりにクラクションを鳴らされます。でも、タクシーなんて日本でも全然乗ったことがありません。知らないおじさんと車に二人なんて、怖い!それにお金も少ないし、歩いていくしかありません。普段人見知りで緊張しいの私ですが、意を決して人に道を尋ね始めました。英語を聞き取ってもらえなかったり、逆に聞き取ることができなかったり、意味は分かったのに道が分からなくなったり……何度も、何度も、何人もの人に聞きました。でも誰一人嫌な顔をせず、丁寧に教えてくれるのです。その場所を知らなくても、別の人に聞いてくれた人さえいました。結局はたった十五分程度のはずの道のりに、三時間ほどかかってしまいました。


私はひとりぽっちの心細さや人々の優しさ、ボストンの街の美しさなど、初めて経験した感情の多さに心がパンクしそうでした。部屋でやっと荷物を下ろし、途中のスーパーで買ったカットフルーツのパックを取り出すと、フォークがついていませんでした。そっと手でつまんでスイカを一口食べた途端、何かのスイッチが入ったかのように涙が溢れてきたのです。こんな事は生まれて初めてでした。ホッとしたのでしょうか。何だかたまらなく家族に逢いたくなりました。あんなに憧れた世界にとうとう来たのに、今すぐにでも飛んで帰れたらなんて思ってしまう程。今まで日本で、ずっと出たいと思っていた日本で、私はどんなに愛され守られていたのか……日本を出て一人になった今、ようやく分かったのです。ポロポロとこぼれる涙を拭いながら、両親に無事到着した事をメールで伝えました。今までとは比べ物にならない程の、溢れる愛と感謝の気持ちを添えて。幼い子どものように、泣きながらいつの間にか眠っていました。


私の宿泊したホテルは、とても良心的な料金にも関わらず朝ごはんがついています。〟部屋の外に出る‟たったそれだけなのに、まるで大冒険の始まりのようにドキドキしました。食堂は老夫婦や長く滞在しているような若者が多く、皆それぞれコーンフレークやスクランブルエッグなどのザ・アメリカンな朝食を採っていました。新聞を読みながら、今日の予定を相談しながら……。私はなぜかお腹が全然空いていなくて、それでも栄養は採ろうと思い、ボストン名物のクランベリージュースを一杯飲みました。特に旅の心配をしていなかった母が、
「食事だけはちゃんととってね。」
と言っていたのが思い出されます。食欲はないし、寂しい。引きこもってもおかしくない状態なのに、私は早く出かけたくてたまりませんでした。この貴重な六日間の意味を、よくよく理解していたからです。支度を済ませ、枕元には本で読んだとおりにそっとチップを残して……。



やわらかな心で

 まず初め、一番に行きたかったイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館に足を踏み入れた私は、これがまさに思い描いていた海外の世界だと感じました。そう、ファンタジーの世界です。緑溢れる中庭を、ぐるりと取り囲む美しい部屋たち。その一つ、一つにイザベラのこだわりが感じられます。天井、壁、床はもちろん家具やアート作品の飾り方まで……。ソフィア・コッポラの映画「マリー・アントワネット」を彷彿とさせる、ロマンチックで優雅な世界。ここで毎日を過ごしていたイザベラって、どんな女性だったのかしら?なんて考えていると、恰幅の良いおじさまが、撮影禁止にも関わらずゴージャスな鏡に映った自分をカメラでパチリ。(ちゃっかりピースサインつき。)鏡の中の彼と目があった私に、いたずらっぽくウインクをパチリ。思わず笑ってしまいました。撮影したのは、展示物でなく彼自身だからいいのかしら? でもこのちょっとした出来事に、心がポッとあたたかくなりました。日本のおじさまも、この位おちゃめになっていいのに……。

外に出ると、昨日から降り続けていた雨が上がっていました。見渡す限り広がる庭の草花に雫がキラキラと輝いていて、眩しくて、嬉しくて、目を細めます。あたたかい日差しに、緊張で固くなっていた心もゆるく解けていきます―――

そこから徒歩五分のはずのボストン美術館まで、私はまた一時間ほど道に迷いました。昨日はあんなに落ち込んだのに、すっかり迷子にも慣れっこです。お日さまが出ていると、気分も変わります。やわらかな心でいると、世界を受け止めるのが上手になります。

ボストン美術館は、十八歳の私がそれまで訪れた中で、おそらく最も大きな美術館でした。ぐるぐるぐるぐる、歩き回っているとお腹がすいたことに気がつきました。それが、とっても嬉しかった!「お腹がすく」それだけでありがたいと思うだなんて、昨日までの私とは大違いです。飛び込んだミュージアム・カフェの中で、一際目を引いたのが『レッド・ベルベット・チーズ・ブラウニー』。名前も見た目もよく分からないけれど、甘ったるそうな大きなケーキです。昨晩はカットフルーツ、今朝はクランベリージュースしか飲んでいない私はとにかく腹ペコで、普段なら決して選ばないであろうそれを注文し、ぺろりとたいらげました。実は、味を良く思い出せません。ただ、美味しくて嬉しくてたまらなかった事だけは覚えています。

館内のほぼ全てを回り、大好きな絵画をたくさん目に焼き付けましたが、なぜかそれ以外でよく覚えているのは仏像がずらっと並んだ部屋。吸い込む息がヒュッと冷たくなるような、不思議な感覚でした。

今日は疲れたし、体のために野菜スープでも飲んで帰ろう。あたたかいスープなら、きっと食べられるわ。そう思って別の館内カフェに入り注文したところ、冷製の“前菜”トマトスープが出てきました。そして数パーセントはチップとして会計される仕組み。う~ん、まだまだ分からないことだらけです。




街と向き合うこと 人と向き合うこと

 ぐっすり眠って目覚めると、大好きな曲が頭の中で流れていました。気持ちのいい朝です。朝ごはんに、コーンフレークとバナナ、そしてクランベリージュース。(毎日飲むことに決めたのです。)モリモリ食べていると、可愛いおばあさんに声をかけられました。
「おはよう! あなた、何歳なの? パパとママは?」
「私、十八よ。一人旅でここに来たの!」
「あらそうなの! あなた、十歳に見えるからビックリしちゃった!」
おばあさんは呆然とする私を残して、ケラケラ笑いながら去って行きました。

今日はボストンを勧めてくれた方のお友達と、ハーバードでランチの約束です。バークリー音楽院を卒業後、ミュージシャンとしてボストンに残っている彼女。初対面でしたが、ベトナム料理を食べながらあっという間に仲良しに。誰かと一緒にいること、一緒にご飯を食べること、一緒に話すこと、それがこんなにも楽しいことだなんて知らなかった。ウィンドウショッピングをしたり、カフェでコーヒーを飲んだり……日本で友達と当たり前のように過ごしていた日常が、やっとこちらでも味わえた気がしました。ようやく私は、街と向き合えたのです。

今まではなんとなく怯えて、背中を向けがちでした。自分ひとりだけ浮いているようで、心細くて、精一杯で、まだこの街に心を開けていなかった。でも振り向いて見ると、そんな心配をしていたのは自分だけだったのです。ボストンはどーんと、私を迎えてくれていました。私はただ、その中に飛び込んでいけばよかったのです。人もそう。英語がうまく話せないからって、背中を向けてたのは私です。道を教えてくれたひとりひとりは、真っ直ぐに、時には気遣って覗きこむようにして向き合ってくれました。当たり前のようにこの地で生きている彼女と出会って、私はそう感じたのです。―――

彼女とまた会う約束をして別れた後、ふわふわした気持ちのままニューベリーストリートを散歩。人とのおしゃべりが嬉しくて楽しくて、店員さんたちとたくさん話しました。ハローキティ・グッズを売っていた赤毛のお姉さんとは、日本の“KAWAII”について。お菓子屋さん『シュガー・ヘヴン』では、夢みたい!と大はしゃぎ。そして、アリスやピーターパンなどの童話グッズが売っているお店で、
「私も、こんな素敵なお店で働いてみたい!」
と話すと、たっぷりと顎髭を生やした魔法使いのようなおじいさんは、
「いつでもおいで。」
と言って微笑んでくれました。




わたしの歩む道

 こちらに来てたった三日ですが、駅や地下鉄が分かるにつれてこの地の生活も慣れてきました。もしかしたら、日本の新たな地で一人暮らしを始めるのもアメリカで一人暮らしを始めるのも、大きな違いはないかもしれない……なんて。
ただ、やっぱり一人は寂しい。

 今日はフリーダム・トレイルを歩きます。約4キロ続く赤い線を辿っていくと、ボストンの観光名所を巡ることができるのです。方向音痴のわたしは、迷う必要がなくて大喜び。片道約三時間の道を、たくさんの観光客たちと共に歩き始めます。一人だけど、一人じゃないみたい。一つの場所に着くごとに、皆カメラを取りだして記念撮影。そして途中のクインシー・マーケットで、後先考えずにお土産を買ってしまいました。家族、友だち、クラスメイトやバイト先に大量のお菓子。(この先まだまだ歩くのに……!)他にも可愛い雑貨屋さん等がたくさん並ぶ中で、私が夢中になったのはクリスマス・オーナメント専門店です。私たちのよく知る、ツリーに飾る光るボールのような物とは全く違います。サンタクロースや妖精、スノーマンなどの、小さくて美しい人形なのです。あまりのときめきに、胸がキュッと痛くなるほど。手が届かない値段ではなかったのですが、そのときめきをそっと心にしまって、再び赤い道をたどり始めます。

ノース・エンドに着くと、イタリア人街が広がります。そこで、ガイドブックで見た『イル・パニーノ・エクスプレス』という小さなカフェを見つけて入ってみました。「ロブスター・サンドがおすすめ!」と本にあったので、それらしき物を注文し、出てきたのはロブスター・シチュー?(また注文失敗!)どうしても食べきれなくて、テイクアウトさせてもらいました。こちらに来てから、ほとんど食欲がありません。一日一食だけは無理にでも食べて、それで次の日までへっちゃらなのです。胃が緊張しているのかもしれません。色とりどりのカップケーキや、アイスクリームやキャンディーも、見つめるだけで満足してしまいます。不健康そうなアメリカンな食事、映画で観ていつも憧れていたのに―――

たくさんの人々と歩いていたはずが、いつの間にか一人になっていました。それもそのはず、片道三時間はかかるので、普通は二日に分けるようです。もはや観光地とは呼べないような人通りの少ない道をもくもくと歩きながら、私はこれからの自分の生きる道について考えていました。自分が一番したいことって、何だろう?一生をかけて伝えたいことって、何だろう?自分にしかできないことって、何だろう……?答えが見つからないまま、最終地点のバンカー・ヒル記念塔に着きました。ここまで来ることのできた数組の人たちが、そこから見える景色を楽しんでいました。ぽつんと芝生に座った私は、ここまでの長い道のりを「なんだか人の一生みたい。」と感じたのです。

 みんなで同じスタートを切って、いつの間にか一人になって、たくさん買ったお土産は重くて、疲れたらベンチに座ってぼぅっと休んで……。自分のペースで進んでいく。歩いても、走っても、スキップしたっていい。最後はみんな、同じゴールへ。
一人で歩き始めた頃、何度かベンチで休憩しました。その都度私は、ノートを開いていたのです。ペンを握って、話す相手がいない代わりに、自分自身に向けて字と絵で語りかけていたのです。ハッとしました。もう答えは出ていました。
わたし、文が書きたい。絵が描きたい。―――
温かな夕日と秋風が、ここへ辿りついた私を、ふわりと抱きしめてくれました。




夢の先の夢

二日前に友人と歩いた道を、今日はまた一人で歩きます。目的地は、ハーバード大学内の美術館と博物館。朝ごはんをホテルで食べずに、外で食べることにしました。入ったのは『ピンクベリー』という、アメリカで人気のフローズンヨーグルトのお店。前回見かけてから、ずっと気になっていたのです。生まれて初めてのフローズンヨーグルトは、あまりにも美味しかったために、ブラウニーに引き続き、味をよく思い出せません。(しかしとても気に入ったためか、帰国前空港で買ったテディベアにピンクベリーと命名したことは覚えています。)
今日は台風のような風の強い日。周りの体格の良い方々も真っ直ぐ歩くのには苦労していて、私は本当に飛ばされてしまうかもしれないと不安に思うほどでした。滞在中はずっと雨の予報でしたが、たった四日間で晴れも曇りも嵐さえも恵まれ(?)、ボストンの様々な顔を見ることができました。

 ハーバード大学自然博物館は、子供のころ図鑑で見ていた世界に、自分が入ってしまったかのようでした。恐竜たちの骨、動物たちのはく製、輝く鉱石、美しい草花……。小さい男の子が恐竜を見て興奮しすぎて叫んでいたのですが、私も一緒に叫びたかった程、素晴らしい博物館でした。
 ハーバード美術館は、既に訪れた二つの美術館と比べるとコンパクトでしたが、その分一つ一つの絵をじっくり見ることができました。大好きなモネやゴッホ、ルノワールの作品を見ることも出来て、大満足です。


ハーバード大学はとてつもなく大きくて、自分が日本で通う大学との差に驚きました。大学内でDJや、バーベキューしているなんて信じられない!のびのびと休み時間を過ごしている学生たちが、とても眩しく見えました。私も、留学したらあんな風に格好良くなれるのかしら―――

留学することはずっと、私の夢の一つでした。今年学内選考を通れば、来年半年間留学できるのです。ですがたった四日間でもこの寂しさ。半年なんて、想像もつきません。きっと、ただ「海外で生活してみたい」「英語が勉強したい」なんてぼんやりした気持ちで行ったなら、あっという間に自分の弱さに負けてしまう。両親に頼み込んでまでなぜ留学したいのか、そうすることで何を得たいのか、もっと自分の中で明確にして、心の道標にしないといけない。夢を夢で終わらせるのではなく、その先の夢をまた追えるように。その覚悟の上で初めて、留学へ行く意味が生まれるのかもしれない……。今、たった五日間の一人旅でも寂しくて、不安もたくさんあります。だけど私は、それでも私は―――
そっと自分に聞いてみました。返事はすぐに返ってきました。




海に浮かぶ景色

 ボストン滞在五日目、目が覚めたのはなんとお昼の一時過ぎでした!ここに来て時差ボケが出たのか、連日の疲れが出たのか……。おそらく一番の原因は、昨日帰宅後に夜遅くまで自分の夢について改めて考えていたためです。お友達との約束が、ディナーで良かった!もし明日だったらば、フライトの時間を過ぎていました。様々なことを考えながら、帰国の準備を始めます。

 きっと一人旅じゃなかったら、こんな寝坊はしなかったでしょう。涙が止まらなかった最初の夜は、これからの予定を楽しくおしゃべりしていただろうし、自分の映った写真もたくさんあったはず。だけど誰かと一緒の旅だったら、こんなにも自分と向き合う事は出来なかったでしょう。

 待ち合わせ場所のウォーターフロントで、彼女はボーイフレンドと一緒に私を迎えてくれました。そして二人は、ボストン名物であるシーフード料理のレストランへ連れて行ってくれました。ずっと低価格のカフェやテイクアウトしか利用していなかった私を、おもてなししてくれたのです。海風の気持ちいいテラス席で、テーブルのキャンドルに火を灯して、とびきり美味しいクラムチャウダーやシーフードパスタ、アイスクリームをいただいて……。なんだか一つ大人になったような、夢のような時間でした。海の上でキラキラ輝く夜景を見つめていると、涙がこぼれそうでした。自然に寄り添う二人を見て、この人たちはここで生きているのだなぁと思ったのです。私は、どこで生きていくのだろう?

 二人に自分の想いを話しました。自分が家族をどれほど愛しているのかようやく気づいたこと。誰かと一緒に過ごす時間がどれほど素晴らしいか知ったこと。留学するにはきっと、その留学を通して叶えたい強い目的が必要だと思うこと……。真剣に聴いてくれた後、彼女は優しく笑って言いました。
 「一人で世界に出るのはたしかに怖いかもしれない。でもどこへ行ったって、あなたを愛してくれる人は必ずいる。友達だってたくさん出来るわ。だからきっと、不安に思わなくても大丈夫。きっと、どこへ行っても生きていけると思う。」

 その時感じたあたたかな想い、二人がくれた優しいハグ、そして美しいボストンの海に浮かぶ夜景。私は生涯忘れないでしょう。




ヒロインになった日

 たった六日前 寂しくて半泣きで歩いた道を、
たった六日後 別の寂しさで半泣きで歩いた。
ありがとうボストン。あなたはとても親しみやすい街でした。初めての海外旅行が、この街で良かった。たった六日間の滞在―――でも一ヶ月程いた気もするし、あっという間だった気もします。ボストンの皆さん、困っているときに助けてくれてありがとう。その優しさ、決して忘れません。

日本にいても、憧れの海外へ行っても、私はやっぱり私でした。劇的に性格が変わったり、コンプレックスがなくなったりする訳ではありませんでした。私は、どこへ行ったって私なのです。
ずっと、物語のヒロインに憧れていました。でも、今まで気が付きませんでした。そう、私もヒロインだったのです。私にしか書けない物語の、たった一人の大切なヒロイン。まだ物語は始まったばかりです。
日本に帰ったら、また予定のたくさんつまった日々が続くでしょう。それでもときどき日記を見直して、大切な気持ちを思い出すでしょう。たくさんの思い出を書き込んだ、私の十八回目のセプテンバー。