2015-09-13

はなればなれに



21歳になって半年が過ぎた。半年、6ヶ月。わたしがイギリスにいた日々も同じ期間だった。早いのか遅いのか分からない。この半年わたしはずっと、日本にいた。




「9月の心地良い晴れの日は
懐かしい 優しい
切ない あたたかい思いで胸が詰まる
日本を離れて ひとりで歩いた日々
その地がどこであろうと、この光はわたしを包んでくれる
この眩しさに思い出が溢れる 苦しい」
昨年の9月、わたしの日記帳。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

クラスメート達より不器用な私は、卒業制作も人一倍時間がかかる。平日は朝から晩まで学校にいて、土日は必要最低限のためにアルバイトに行って、前ほど絵筆も握れなくて、それで、あっという間に21歳は半分過ぎてしまった。ハッとした。どんな事だって一つ一つ頑張るって当たり前のことを、忙しいだけで忘れそうになっちゃう。

将来の事すごくすごく悩む日も、急に何もかも開けちゃったかのように 前の私に戻れる日もあるの。全部放り投げて旅に出ようと思う日もある。(行かないけど)
毎日毎日心はくるくると動いて、どれが正解なのかもまだわからない。同じ忙しさの中でも進んでいくみんながキラキラ眩しくて、それがまだできない自分が情けなくってたまらなくなる日もある。でも、世界はきっと、私が思うよりもっと単純で嬉しいことなんだ。なんて思う日もある。


本当はね、一回、もう全然違う世界に行こうかとも思ったんだ。絵も文も関係ない、全然違う世界。

そしたら、まさにそこへ行こうとしていたその日に、トムズボックスの土井さんにお逢いする事ができたの。偶然持ってた絵をパッとお見せしたら、こんな中途半端な一学生の絵に対しても、ちゃんと意見をくださった。その時頭にガツンと来て、心臓がバクバクして、夜の満員電車の中なのに描きたくて描きたくておかしくなりそうで、閉店間際の世界堂に飛び込んで、新しいスケッチブックを胸に抱えて、何もかも忘れて子どもみたいにわんわん泣きながら帰った。全然褒められた訳でもないのに、むしろ自分の未熟さを叩きつけられたのに、すごくすごく心に響いた。大人の人達の世界を少しずつ知って怖くなって逃げ出そうとしていた私の胸に、土井さんの言葉は強烈に突き刺さったの。この感覚は、宇野亜喜良先生や、平岡淳子さん、熊井明子さん、そして田村セツコ先生とお話ししていて感じたものと同じだった。私も、彼らの世界で生きなきゃだめだ。あの日はきっと、一生忘れない。

結局毎日考え込んだり悩んだりしてるちっぽけな21歳のひとりの娘だけど、でも、21歳になったばかりの半年前の私とは、また全然違う私になってると思うんだ。焦る必要はないって分かってても焦るし、大事な事を忘れそうになったりもする日もあるけど、でも、少しずつ変わってゆく私と共に、その私の描く絵もついて来てねと願ってるよ。いよいよ(遅すぎるけど)行動に移して行く時が来た。さようなら、学生最後の夏休み。どんな世界へどんな絵と文で描くのか、決めたんだ。意外にも現実的に具体的に決めたの。頑張ろ。きっとこれからはもっと考え悩むのだろうけど、私の1番大切にしてる物作りへの想いは、絶対忘れないでね、私。ひとりぽっちの女の子の心にそっと寄り添える作品を、作ってね。こうやって少しずつ大人になっても、今の気持ちを忘れないでね。きっとなるようになるから、それがどんな形だって日本じゃなくたっていいから、私にしか作れない作品を作ってね。今、私は自分の未来をどんな風にでも変えられる場所に立っている。後悔だけはしちゃだめだよ。whatとifが合わさると恐ろしい言葉になるって、昔の私が書いてた。
卒業制作も、頑張るよ。4年間大学に通わせてもらえた感謝の想いをたくさん込めて、素敵な衣装を作る。私にしか作れない衣装。やらねばいけない事は山程あるけど、みんな頑張ってるもんね!


アルバイトからの帰り道、夕飯の材料を自転車の籠に乗せて、私だけに聞こえる声で「涙の星」を歌いながら帰った。

こんな事は普段、自分の日記帳にしか書かないんです。これを読む人が、いる訳でもないけど…何となくです。秘密です。